ちゅったんの香港おばば 目次
花より孫!

結婚当初の悩みは、広東語のみの生活で日本語を話す機会が少ないことでした。マミーと同居で、昼間話すのはマミーだけ。

みるみるうちに日本語が不自由になり、広東語はメキメキは上達。

語学は母国語でさえ、使わないと錆びついてしまうのです。

妊娠がわかって、「日本語で話す相手ができる!」と生まれてくるのが待ち遠しくて待ち遠しくて。妊娠中からお腹の赤ちゃんに話しかけていました。生まれてからも娘へは日本語(それも津軽弁)で話しかけ、オットやマミーは広東語で話しています。これは次女も同様です。

幸 いにもマミーもオットも私が日本語で育てることには大賛成で、一つでも多くの語学を身につけことは仕事に有利だからという合理主義からだけど、家でも外でも気兼ねなく日本語を使っています。私と娘と話している間、日本語がわからないマミーはじっと様子を見守るだけだったので、会話に参加できないマミーやオットに申し訳ないと感じていましたが、そのうちに言っている意味を察するようになり、広東語でガンガン会話に入ってくるようになりました!一緒に生活していると行動パターンとか性格とかで、この場面ではこうするというのがわかるようになるんですね。

でも、育児での主導権も責任も両親だから、とあまり口を出すこともなく、私は主に家事をするから、あなたは育児に専念してというスタンスでした。

そのきっぱりした線引きは、自分がしてほしかったことなのだと思います。

マミーには5人の息子がいるけど、当時同居していたお姑さんが日がな1日息子たちを抱っこしていて離さなかったそうで、自分は家事と内職があり、子どもとじっくり接することができなかった過去に関係していのでしょう。

マ ミーにとっては長女は8人目の孫でしたが、一緒に暮らしていて生まれた時から毎日接しているからか格別の可愛いがりよう。漢詩を一首ずつ教えたり、一緒に 「プリキュアごっこ」したり、編み物をしたり、テレサテンの歌を聞いたり、エステのお客さん役で顔や頭を弄ばれたり。毎日楽しそうでした。長女はマミーの部屋に入り浸り。

厳しく育てられたオットと義兄たちは、マミーの変わりようにあっけにとられ、「俺たちが同じことをした時にはこっぴどく叱られたのに。」にブツブツを言っています。「孫と息子は違うわよ、孫は可愛がる存在なの。」と言って目尻が下がりっぱなし。

子育てで煮詰まることもあるけど、マミーがいたから追い詰められずに済んだし、感謝ばかりですが、一つだけ違和感が。

私と娘たちが日本語で話していると、「◯◯ちゃんの日本語は上手いね、ママより上手」というコメントをたびたびします。最初は「教えた私より上手いなんてことがあるのか?!日本語がわからないのに上手い下手がわかるのか?!」と解せない思いでした。

でも、最近「ただひたすら無条件に孫がやることなすこと一番に見える婆バカなのね」と気づき、そのセリフが出ると「そうなの!でも、なんでわかったの?」と激同意することにしている。

Jul 31, 2018

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