ちゅったんの香港おばば 目次
やっぱり香港が好き、そして香港人が大好き

6月に始まった反送中(逃亡犯条例改正反対運動)の嵐、9月4日に撤回が発表されたものの、風雨はまだ収まっていない。
恥ずかしながら、私個人は気持ちはすっかり後ろ向きで、どんな抵抗しても体勢に流されるしかない、諦めムード、悲観オンリー、もうヤダーっ!香港脱出するーっ!とほとんど逃げ腰。デモ行進や集会を見ていると胸が押しつぶされそうになり、苦しい。それは頑張っている香港人に心動かされると同時に、この思いが簡単に踏み潰されてしまうのではないかと想像するとその無念さ、があいまって涙が出てくる。とにかく香港に来て26年、これほど暗く、まったく青空を感じない夏は初めて。

ところが、9月に入り、4日に撤回が発表され、他の4つの要求が叶っていないのでバンザイとはいかないまでも、一歩前進。
新学期の9月2日、学生の授業ボイコットが大きな話題になった。高校生の長女の学校ではなかったものの、名だたる高校や大学がボイコットに参加。学生たちの動きはボイコットから、人間の鎖と言われる手繋ぎ運動が全体に広がり、始業前や下校後に「光復香港(香港に栄光を取り戻す)」「時代革命」などのスローガンを叫び、学校と隣の学校まで手を繋いで一本の鎖のようになる現象が香港各地で見られている。
全く交流のなかった学校と学校が、同じ願いを持つ人たちの思いが広がっていく様子が光の線のように繋がり明るく香港を照らしているように感じる。

そして、『我願榮光歸香港 Glory to Hong Kong(香港に再び栄光あれ)』 という歌が誕生し、MTRに連結するショッピングモール各所で夜な夜な大合唱が続いている。私が思っていた香港人の印象は、心温かく正義感はあるけど、それを面に出すのはダサい、よく言えばクール、悪く言えば都会人の気取りがあると思ってた。合唱団でも劇団でもない限り、人前で歌を歌うとか、踊るとか、そんな恥ずかしいことできるか!って感じで、相当シャイな人たちと思ってた。
ところが、あの合唱は!!!自発的に歌い始める、心がひとつなってる感じ、それも各地で同時多発的に。
親しい人には無限大の自己表現をする一方、他人には壁を作る、あのシャイで気取った人たちが、知らない人と手を繋いだり、歌ったり!!!それに個人主義で団体行動がそれほど得意ではないのに、見知らぬ者同士がこれほどの規模と頻度で集い、声を合わせる。傍目には団結力に見えるけど、堅苦しい拘束力やルールなどもなく、賛同する人が集って、それが終わったら解散。非常に洗練された民衆の力がここにみられ、清々しい。
そんな今の香港に今更ながら、現在進行形で香港人に魅了されまくっている。「香港人が大好きだーっ!」とセッコービーチにでも行って大声で叫びたい気分。それに香港を見捨てようとして「ごめんなさーい!」と謝りたい。

そう言えば、オットは雨傘運動の前ぐらいの時期から「香港はもう以前の香港ではいられない、押し流されていくしかないのか、辛い」と悲嘆していて、「香港のどこが問題なの?今までと同じだよ、自由で平等、コンプライアンスが守られ、合理的でスピーディで」と言う呑気な私に「キミは外国人だから、圧力に気づかない、僕たちの哀しみはわからないんだよ」と事あるごとに言ってた。
でも、去年の秋、粤港澳大湾区(広東エリアと香港・マカオを一つの都市圏とする)構想のインフラの要、香港・マカオ・珠海を繋ぐ55キロの大橋と西九龍駅構内で中国への入国手続きができる高速鉄道の開通した頃から、真綿で首を締められるような息苦しさを実感し始め、やっとオットの気持ちが理解できた。帰国プランが早まるかなという予感があったところに、6月の騒動勃発。そこからは私の中の輝く香港は色褪せ、気持ちはどんよりしたままだった。

でも、香港を諦めない香港人がたくさんいるいる限り、香港には希望の光があると思う。自分たちの方法で香港への願いを表現する、ここに新たな文化が生まれている。
まだ、香港にいたい、この人たちがどんな香港を描くのか見て見たい。

Sep 18, 2019

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