—002— 赤ちゃんは宇宙人か?

白井純子 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている。

よく「赤ちゃんは宇宙人のようだ」という声を聞く。何を考えているのか分からず、コミュニケーションを取ることも難しい。ミルクを与えても、オムツを替えても、抱いて揺すっても泣き止まないと、「宇宙人か?」と思いたくなるほどママ達は途方に暮れることだろう。

赤ちゃんは泣くことで自身の不快を訴える。暑い!とか、この服はきつい!とか、それなりに理由があることが多い。私の次男もよく泣いた。やっとの思いで眠らせることが出来ても、ベッドに寝かせた途端に泣き出す。私も途方に暮れた。疲れていた。「こっちが泣きたい」と思うこともあった。それでも、なぜ泣くのか知りたくて試行錯誤した。

ある日、首も座っていない2ヶ月の次男を、L字型のソファーの角に座らせてみた。するとピタリと泣き止むではないか!一人だけ天井しか見えない仰向けの姿勢で寝かされることが嫌だったのだ。ニコニコしながらソファーの角で家族の動きを見ている次男は満足気だった。

たとえ乳児でも意思がある。私は自身の経験からそれを確信している。だからこそ、喃語であっても赤ちゃんからの呼びかけを無視することはしないほうがいいと思っている。喃語で「アーウー」と話しかけてくる赤ちゃんに「そっかそっか」とか「うんうん」とか応えてやると、赤ちゃんは目をキラキラさせてもっと話そうとする。その積み重ねが信頼関係に繋がり、愛着関係を強くする。こんなことを繰り返していると、1歳前にはある程度コミュニケーションが取れるようになる。子どもの表現力も育っているからだ。コミュニケーションが取れ出すと、我が子を「宇宙人」のように感じていたことはすっかり忘れてしまう。

長男が1歳前後だった頃、夫の母が我が家に遊びに来ていて、みんなで食事に出かける準備をしていた時、私が息子に「どのジャケットにする?」と聞いたのを見ていた夫の母は驚いた顔で「こんなBBにそんなこと聞くの?」と笑ったのを覚えている。つまり、こんな赤ちゃんにそんなこと聞いても仕方ないと思ったのだろう。私の友人は「まだ話せない赤ちゃんだったとき、はかされる靴の色が嫌いだったのに分かってもらえなくて泣いたの覚えてる」と言っていた。赤ちゃんにも意思はあるのだ。

会話ができるようになった次男に「今日は何が食べたい?」と聞くと、次男は「つち」と答えた。「え?!」私が驚くと、ちょっと焦った顔で「つ•ち」とゆっくり、はっきり次男は言った。「土?」と聞き返そうとしたした途端に気が付いた「寿司だ」!私は可笑しさと愛おしさを感じながら「お寿司が食べたいの?」と聞くと、彼は満面の笑みで嬉しそうに頷いた。発音も発達途中で100%理解しあえる状況はまだまだ遠いものの、コミュニケーションは育てるものだなあとつくづく感じた一瞬だった。