—006— 些細なことを大切に

白井純子 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている。

あと数日で長男がティーネイジャーになる。小さくて可愛くて「私が守らなくては」と思い続けてきた子が、いつのまにか私より大きな靴を履き、私が開けられないビンの蓋を簡単に開けてしまう。否が応でも、ひとつのピリオドが終わり、新しいピリオドが始まったことを実感せざるを得ない。男の子だから、いつまでも親元に置いておくことはできない。「可愛い子には旅をさせよ」とはよく言ったもので、甘えん坊の怠け者ボーイズは、親の側が意識して突き放してやらないとニート化しそうで恐い。でも高校入学か大学入学かを機に家を出すとして、一緒に生活できる時間が数年しか残っていないことに気付いた時、胸がキューッと締め付けられるような感じがした。人生は無常で、なんと儚いのだろう。

ずっと側にいて、いつも一緒だったのに、特に記憶に残るイベントや出来事以外の普通の日常は、記憶からひっそりと消えていってしまう。ご飯を食べながらどんな話をしてた?手を繋いで眠りに落ちていく時、どんな表情だった?絶対に忘れたくないのに、思い出せない。生えてきたばかりの大きな前歯を出して笑う顔や、高い声で軽やかに歌う声は、写真やビデオが残っているお陰で忘れずにすむけれど、戻らない時の向こうにいる幼い息子が名残惜しい。

先日実家から運んできた荷物から思いがけないものを発見した。5、6年前に長男としていた交換日記だ。香港ローカルの学校に通っていた長男に、日本語の読み書きを練習させようと思って始めたものだ。この中に、懐かしい日常がいっぱい詰まっていた。きちんと愛情を注いでいた自分と、愛情を返してくれる幼い長男をノートの中に見つけて、すごく嬉しかった。言葉の練習だった日記帳は宝物に変化していたのだ。

幼い子供を育てている毎日は忙しい。それがどんなに貴重な時間なのかに気付くのはずっと先だ。「思い出を残す」という作業を意識的に行いたいと思った。何気ないけど幸せな日常はいつか消えてしまうから。

こうしてスマホで文章を書いていると、写真を撮ってくれると勘違いした次男がピースで笑顔を向けてくる滑稽な日常。数秒で思い出になり、数ヶ月もすれば忘れてしまう。でもここに書いたから、読み返すたびに思い出すだろう。「写真じゃないよ」と言った時の照れ臭そうな次男の顔を。まだ幼さの残る天然パーマの紅いほっぺを。私の宝物の時間を。