—007— そんな星の下に生まれ

白井純子 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている。

人生とはとてもとても不思議で面白いものだ。
私は高校卒業まで愛知県の片田舎に住んでいた。当時はコンビニエンスストアもファストフード店もなく、町で一番高い建物は3階建のスーパーマーケット。テレビを見るか、漫画を読むくらいしか娯楽はなかった小学生時代、私の唯一の楽しみは数ヶ月に一度テレビで放映されるカンフー映画だった。学校に行って「蛇拳」やら「酔拳」やらの真似をして、同級生の女子に笑われた。


 ティーンエイジャーになった頃、カンフーではない香港映画に出会った。「チャイニーズゴーストストーリー」だ。テレビの中のレスリー•チャンを指差しながら、傍にいた母に「私、こんな人と結婚したいわ」と言ったことを覚えている。


 進学のため上京してしばらくが経った頃、渋谷の街中で見つけた映画のポスターに釘付けになった。どうしてもその映画が見たくて、乗り気でない友人を引っ張るようにして映画館に入って見た映画が「欲望の翼」。それからは、なぜこれほどまでに魅了されるのか、自分でも上手く説明できない、血なのか細胞なのか、そんなレベルで欲するように香港映画の世界にはまっていった。当時新宿ではオールナイトで香港映画を上映する映画館もあって、どっぷり浸かってうっとりする時間を満喫した。映画館を出ると朝日が眩しくて、そして周りの人々が広東語でなく日本語で話していることにがっかりしたものだ。


 時は流れ、自分の思うがままに我が道を闊歩し続けた結果、香港人の夫がいる日本人ママとして香港住民となっていた。あこがれていたオシャレ香港と現実には大きなギャップがあったものの、香港に住んでいる自分をとても誇らしく思った。


 運命なのか縁なのか、そんなものが本当に存在するのか分からないけれど、自分の中の「好き」を誤魔化さずに追求した結果、小学生だった自分から今の自分まで、まっすぐに繋がっていることが面白いと思う。もし私が都会で育ち、教育熱心な両親が私の将来をあれこれ考えてレールを敷いてくれていたら、今ごろ違う私になっていただろう。想像もできないけれど…


 人は生まれつき、教えられたわけではないのに好きでたまらないものがあると思う。うちの長男は音楽や鉄道が好き、次男はレゴや生物が好き。同じ親から生まれたのに、興味を持つものは全然違う。それぞれの「好き」という気持ちを大切に生きていって欲しいと思う。そうすることが彼らの自然であり、正しい道だと思うから。正しいというのはつまり、楽しいということ。楽しい人生という意味。親や先生の意見を聞くだけでなく、常に自分の心に耳を傾けてほしい。運命なのか縁なのか、未来の自分と繋がる何かが彼らの中にはすでに芽生えているはずだから。