—015— 産院という場所

白井純子 

 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている。

私は今、近所の産院内にある託児スペースで保育士をしている。妊娠中のお母さんが診察を受ける間、上の子を預かって世話をしているのだ。小さなスペースだが、「助かりました」という感謝の言葉を頂く事も多い。ここは病床が10床未満のクリニックだが、不妊治療から妊娠、出産までのケア、更年期障害などの婦人科も診る。その上、母親育児教育やヨガ教室まである。勤務中には託児スペースのある待合室に、栄養士による料理教室のお知らせアナウンスが聞こえたり、ノンカフェインのルイボスティーの試飲が振舞われたりする。


私は長男を東京の産科クリニックで出産した。現在の職場ととても似た産院だった。妊娠中には診察後に産院内の妊婦向けヨガに通ったり、出産時の心構えなどの講習も受けたりした。そのおかげか、初めての出産に対する恐怖心はほとんどなかった。出産後の入院期間は一生忘れることがないだろうと思われるほど、快適で幸福な気持ちに満ちていた。出産直後の豪華な食事はまるで高級レストランのようだったし、産後の疲れを癒すための足裏マッサージも入院パッケージに含まれていた。


次男は香港の大きなパブリックホスピタルでの出産だった。出産までのシステムが全然違うことにとても驚いた。そこにワクワク感はあまりない。敷かれたレールの上を進むように出産に至る。入院期間も短く、提供される食事も簡素な感じで物足りなく、友人に美味しいパンを買ってきてほしいとおねだりしたのを覚えている。そして、長男に会える時間があまりなかったことも、孤独感を増長させた。大きな病室のベッドから夕日が沈む海を眺めて、早く退院したいなあ、長男に会いたいなあと考えていた。


香港に住む日本人ママ達の多くは、日本に里帰り出産をしている。産後に自分の母親がサポートしてくれるから心強い。ただでさえ不安の多い出産を、言葉が違う環境で行うのは勇気がいる。私は夫に立ち会って欲しかったので、香港での出産を選んだ。複雑な気持ちになることもあったが、今となっては面白い経験ができたなと思っている。

日本では産院もサービス業だ。競争力がなければ生き残れないので、各院とも試行錯誤しながらサービス向上に努める。香港もプライベートのホスピタルなら、日本同様のサービスが受けられたのかもしれない。異なる環境での二回の出産を経験した私としては、一生に何度もある機会ではないので、経済的に余裕があるなら快適なサービスを受けられる出産をお勧めしたい。心が満たされていることで、生まれてきた赤ちゃんにも良い影響があるはずだ。私は長男の時と比べて、次男の時は母乳の出が悪かった。


母親になると分かった瞬間から、我が子をその手に抱くまでのプロセスを自分なりにデザインしていくことが大切だと思う。いかにそのプロセスを楽しむかという発想が必要だ。やり直すことができるなら、次男の出産も情報を集めて産院の比較検討をし、妊娠や出産をもっと楽しめばよかったと思う。香港での出産でもきっとそれができたはずだ。産院という場所は、人生の宝物を授かる場所なのだから、最も神聖で大きな意味がある。唯一無二の我が子と出会う場所は、とことん素敵に演出したいものだ。