—026— 受け身の空っぽ

白井純子 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている。

将来なりたい職業ランキングの上位に「ユーチューバー」が挙がる時代になった。有名なユーチューバーはまるでタレントのようにテレビのバラエティ番組に出演したり、コマーシャルに出演したりしている。ところが、彼らの作成している映像のほとんどは素人臭が拭えないものだ。市販されているゲームを自分がプレイして実況したり、スマートフォンなどの新商品の紹介をしたり、友達にドッキリを仕掛けたり、誰でもできそうなことをカメラの前で行い、それを配信している。ユーチューバーを批判する気はない。ただ、これを好んで見たがる我が子を心配してしまう。

私の職場のボスが以前、「子ども達には本物を与える」というようなことを研修で言った。彼は保育園の園長であり、大学で幼児教育の講師もしている。1歳児もいる保育園の給食で使う食器はプラスティックではなく陶器であるし、保育の間は園長こだわりの音楽を流す。私はこの考え方に賛同する。子どもが価値観を形成していく段階において、本物を与えることはとても大切だと思うからだ。社会全体の文化の質の良し悪しは、こんなところに起因する気もする。何年もの下積みを乗り越え、何年もの思考を凝らした末に出来上がる芸術と、思いつきで作られる映像が同列であってはいけないと思うのは大人のエゴだろうか。

深く考えることもなく、素人が作った映像を注意されるまでずっと見る。「時は金なり」の教訓を思えば、子ども時代の貴重な時間を無駄遣いさせているようで気が滅入る。禁止するのは簡単だが、子どもの自由時間の使い方に口を出していいものかと悩む。私が子どもだった頃、漫画を読んでいると親に嫌な顔をされた。今なら漫画も立派な文化だが、数十年前は「漫画を読むくらいなら本を読め」と言われたものだ。実際には漫画から学んだことも多く、感性にも大きな影響を受けている。ユーチューブの映像が吉と出るか凶と出るか、今はとにかく視聴する時間を管理することが私にできる精一杯だ。

ユーチューバーになりたいと思う子どもは、多かれ少なかれ自分も何かを発信したいという欲求があるんだろう。だったらなおさら、オリジナリティーやクリエイティビティーを磨いていく必要がある。ユーチューバーが発信する情報を受け取るだけの時間を重ねていく末には、空っぽな自分がポツンと置き去りにされてしまう悲しい結末もありうると思う。

受け身から脱して、自らの頭と体を稼働させる楽しみをもっと味わってほしい。本物に触れて感性を磨いてほしい。そのきっかけ作りや声がけをするのも親の役割なのだろう。親って本当に忙しい。さて、将来空っぽになった大人がもし親になったなら、この世界はどうなってしまうんだろう…。