—027— 兄弟間の愛情格差

 私はある産婦人科クリニックの待合室にある小さな託児スペースで保育士をしている。患者である母親が診察を受ける間、小さな子供を預かり世話をする。平日の勤務なので、連れられてやって来るのは幼稚園にあがっていない4歳以下の子供がほとんどだ。おもちゃや絵本を駆使して子どもの気持ちを母親からそらし、診察後の母親が迎えに来た時に「もっとここで遊ぶ!」と子どもが言ってくれると、ちょっとした達成感を感じたりする。こんな子ども達とのやりとりがメインの仕事ではあるが、時に診察を待つお母さん達から育児に関する相談を受けることもある。


 先日、二人目を妊娠中のお母さんからこんな相談をされた。「二人目が産まれた後で、上の子を嫌いになってしまわないか不安なんです」と。お母さんの言葉は、目の前で遊ぶまだ幼い上の子には理解できていないだろう。お母さんの言葉を受け止めた後で私は、無邪気に遊ぶ子どもに視線を移した。「私の知り合いの中には、下の子が産まれた後で上の子が生理的に受け入れられなくなり、嫌悪感さえ感じるようになったという人もいるんです」とそのお母さんが不安そうに言う。夫が転勤族で大阪に来てまだ1年半だというそのお母さんは、実母がすでに亡くなっているため里帰り出産をすることもできず、頼れる人も少ないこの土地で二人目を産む決意をしたという。ありきたりだとは思ったが、まずは「下の子が生まれてしばらくは、絶対に上の子を優先してあげてくださいね。下の子を泣かせておいてでも、上の子を優先してください」と伝えた。彼女もそのことはよく知っているという表情で頷いた。「子どもは変化が早いです。可愛かったり生意気だったり、しばらくすると頼れるようになってきたり、その時々で母親の感情も変わるものですよ」と私は続けた。お母さんの不安が少しでもやわらいでくれていたらと思う。

 私の場合は、下の子を出産する時に「上の子ほど愛せるのだろうか」という不安があった。幼い頃驚くほど聞き分けの良かった長男は、正直目に入れても痛くないほど可愛かった。この子と同じ愛情を下の子に注げる自信がなく、妊娠中に母親に相談したが、「母親なんだから、そんなバカなことはない」と鼻で笑われた。


 私も上記の悩めるお母さんのごとく、頼れる人の少ない異国の地での出産に多少の不安を感じていたのかもしれない。夫の仕事も忙しくなり始めていた時期と重なり、妊婦だった私の精神状態に影響していた可能性はある。ただ、不安だろうと悩んでようと、赤ちゃんは出てくる。そして、結果的には出てきた赤ん坊は、想像していたのとは違う感情を私に抱かせた。この子を産んでよかったと心から思えた。

 上の子がまだ手がかかる時期に下の子が生まれる場合、お母さんの精神的疲労は相当なものだ。ましてや上の子が「赤ちゃん返り」してしまうと、母親といえどただの人であるお母さん達は、様々な感情と戦わなければならない。良い母親であろうとすればするほど、心の中の葛藤は大きくなるだろう。だからこそ私は言いたい、「お母さん、頑張りすぎないで」と。子どものことが可愛くないと思ったら、嫌いになってしまう前に誰かに相談してほしい。理想としては、夫の力を借りて兄弟間の愛情の格差を埋められたら良いのだが、相談できる家族や友達がいないなら、SNSで気持ちを発信して見知らぬ誰かからのアドバイスをもらってもいいと思う。同じ悩みを持つ母親同士で解決方法を見出せるかもしれないし、それを乗り越えた先輩ママから助言を得ることもできるかもしれない。お母さんが幸せでなければ、子どもを幸せにすることができないと私は考える。子どもが幸せな社会でなければ、幸せな国ではないと私は考える。だからこそ、社会全体でお母さんを支えられる国であってほしいと心から願う。