—030— AI時代を生きる

白井純子 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている

 子ども達が迎えるであろう未来の世界が想像できないことに戸惑う。第4次産業革命と言われるAIとバイオテクノロジーの時代。機械音痴の私は、AIと聞くだけで身構えてしまう。仕組みが理解できないものが生活の中にどんどん入ってくるなんて、やっぱり不安だ。子ども達は将来、AIと共存する中で惨めな思いをすることはないだろうか。世界はAIを操る側とAIに操られる側に分かれていくのではないだろうか。今の子ども達は人間史上初めて、成長した時の世の中を予測できない時代を生きているらしい。
 10年後にはなくなっているであろう職業がメディアで取り上げられることも増えた。スーパーのレジ係やタクシー運転手、銀行員などなど、多くの職業が消え去るらしい。外科医までAIに取って代わられるという予想結果を出しているものもあった。すごい時代だ。殆どの先進国はすでに少子高齢社会になってしまい、日本でも人手不足は深刻な問題だ。AIなくしては社会を持続していくことが難しいこともまた明白なのだ。そんな状況の中で、子ども達が身につけておくべき能力とはどんなものだろう。
 
 案外子ども達の生活は昔とたいして変わっていない。学校から帰ると塾に行き、週末はサッカーやら野球やらで汗を流す。学校の様子も私達親世代と同じく、一人の先生が黒板の前に立ち、数十人の子ども達が整列した机で板書をノートに写す。漢字や計算の宿題が毎日出て、それをこなしていく日々だ。また、親が集まれば受験の話で盛り上がり、どこの学校に入れたいとか、どこの塾が良いとか、情報を共有する。ふと気付いたのだが、これでは同じようなタイプの人間を量産しているのではないか?
 大切なのは人間にしかできない分野に対応できる能力を伸ばすことだと私は思う。記憶はAIに任せた方が確かだ。例えばだが、第一次産業革命が何年に起こったのか私は知らない。昔なら、これを知りたい場合には本を探したり辞書を引いたりと手間がかかったが、今はスマホひとつで数秒で知ることができる。歴史の学習についていえば、出来事の暗記よりも、人間は歴史の中でどのような発展を遂げ、どのような失敗を犯してきたかを知り、その知識を今後にどう活かすかを考えるという学習をしてほしい。想像したり創造したりする力をいかに伸ばせるか、そこがカギだと私は思う。
 
 AIには出来ない仕事として、介護職や精神科医、保育士などが挙げられていた。つまり、人間力がなければ成り立たない職業だ。相手の気持ちを思いやり、想像して初めて出来る仕事でかつ、異なる人格の個々人それぞれのケースに臨機応変な対応が必要な仕事は、機械には難しい。豊かな人間性を育ててやることが、こんな時代に生きる親の責任なのかもしれない。
 「サピエンス全史」を書いたベストセラー作家のユヴァル・ノア・ハラリ氏が未来に生きる子ども達に向けた言葉として、「人生を通じて変化すること、そのために柔軟な心を持つこと」とアドバイスしている。また、大人も子どもも自分自身を知り、自分自身が何者かを知ることが重要だとも語った。思考することから大人も逃げてはいけないということだろう。