—033— 体罰

白井純子 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている

日本では度々体罰問題が起こる。スポーツ界などは所謂「体育会系」と呼ばれるように、指導者側の体罰がまだまだ存在する。身体的な暴力は論外だが、大声で怒鳴るような指導は決して珍しくない。私自身は小学生時代、教師たちにかなりひどい体罰を受けてきた。小学1年の時の担任は、竹刀を常に持ち歩き、気に入らないとすぐに子ども達を竹刀や素手で殴った。小学生生活の6年間、宿題を忘れただけで頭をゲンコツで殴る教師は当たり前、弟は連帯責任という理由で運動場を100周走らされたこともあった。さすがに今はここまで酷い体罰を行えば、即懲戒免職だろう。親も黙っていない。しかし、昔はモンスターペアレンツなるものはほとんどおらず、「先生の言うことをきちんと聞きなさい」というのが親のスタンスだった。抑圧されることが反発になり、子どもによる家庭内暴力や校内暴力の嵐がここかしこで吹き荒れていた。

 ある程度の体罰は必要だと考える大人が、現在でも意外と多い。子どもをコントロールするためには、時には手を上げることもやむ無しと思っているようだ。だが、幼い子が駄々をこねた時、大声で怒鳴ったり、手をあげたりして大人しくなることはない。もし大人しくなったのなら、それは怯えているにすぎない。改善につながることはなく、逆効果にしかならないだろう。たまに、まだ幼い子が泣いていると、「シーッ!」と口元で人差し指を立てて制する大人を見かけるが、私はこの動作がとても嫌いだ。自分がこれをされたら失礼だと感じる動作だからだ。泣いて暴れるなら、抱いてやる方がずっと早く泣き止む。オモチャや散歩などで気分転換させる方が、親にとっても子どもにとってもストレスが少なくて済む。小学生くらいになるとかなり理解力が高まるので、言葉で諭してやるだけでこちらの意図を汲んでくれるようになることが多い。親の根気と精神的、時間的な余裕は必要であるものの、子どもが分別を身につけると、その先長い親子関係が磐石なものになるだろう。

 先日息子の友達が遊びに来た時、二人でお菓子を買いに行くと言って出かける直前に、「お菓子を買った後のゴミをここに置いていっていいですか?うちに持ち帰ると、『何勝手に買ってんだコラーっ!」って怒られるから」とお友達が言うので、「もちろんいいよ」と答えたら、お菓子を食べ終わったゴミを、マンションの入り口付近に置いたままで帰ろうとしたらしく、息子が注意したと言う。厳しいしつけをされていると想像できたが、親に怒られないために社会のルールを破ってしまっては本末転倒だなあとも思った。

 小児神経科の名医である友田明美医師の研究で、体罰を受けた子どもの脳に萎縮が見られることが分かっている。体罰を受けていた子どもは前頭前野という感情を司る部分、暴言を吐かれていた子どもは聴覚野に萎縮が起こるという。脳が自己防衛反応を起こすのだ。これは、大人のどんな言い訳も体罰を正当化できない大きな根拠となるはずだ。とはいえ、大人も常に完璧ではいられないから、分かっていても声を荒げてしまうこともある。そんな時は目をつむって6秒間数えると良いと聞いた。怒りの感情が持続するのは6秒らしい。壁に落書きされても、ジュースをこぼされても、宿題しなくても、まずは6秒数えてから子どもの顔を見てみよう。「しょうがないなあ」と思えるかもしれない。