—039— モノより思い出

白井純子 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている

モノより思い出

 昔、車のテレビコマーシャルで「モノより思い出」というキャッチコピーがあった。恐らくは若いパパをターゲットにしたコマーシャルだっただろう。親子で乗ることをイメージした車の広告だった。思い出は壊れて無くなったりしない。家族の楽しい思い出は、一生の宝物にできる。すごくいいコピーだなあと思った。

 クリスマスも過ぎて、つくづくと”モノ”のプレゼントについて考える。一時的な流行で購入をせがまれる”モノ”は、子ども達にとってどれほどの意味があるのだろうか。子ども部屋に散乱するカードゲームのカードは、レアだとかザコだとか、私には区別もつかない。一瞬の喜びと、その後の忘却。「どうしても欲しい」が数ヶ月後には「捨ててもいいよ」に変わる。無駄遣い…そんなふうに考えてしまうのは大人のエゴなのだろうか。


 子どもが中学生にもなると、誕生日やクリスマスのプレゼントはスマホやらタブレット端末機やら、値がはる上に依存性が高いものになりがちだ。親は自分たちが買い与えておきながら、子どもが夢中になりすぎると、やれ「目が悪くなる」やら、やれ「勉強もしなさい」やらと勝手なことを言う。大人でもコントロールが難しいネット依存の状態を、子どもに克服させようなんて無茶な話なのだ。そして、子どもの世界の中に、親の知らない一角ができる。自分の分身であるかのような錯覚を抱くほど近い存在だった我が子が、少しずつ遠くに離れていくようで不安になるのだ。買い与えたのは自分なのに。これはもう、大人のエゴでしかない。

 そこで「モノより思い出」だが、子ができて改めて、このコピーの秀悦さを思う。限られた時間とお金を使う時、「思い出」を買うのには意味がある。うちの息子たちも、5歳のクリスマスプレゼントが何だったのかなんて覚えてやしないが、旅行に行った時の出来事はしっかりと覚えていた。どんなホテルに泊まって、どんな経験をしたのか、何を食べて、何を感じたのか、印象深ければ深いほど、鮮明に思い出せるようだ。それを家族みんなで共有し、いつでも心の引き出しから取り出して話ができることは、何にも代えがたい幸福だ。


 この冬、動物好きな次男はジンベイザメを見るツアーに父親と参加した。私と長男は車での長距離移動に不安を覚えホテルでの待機を選んだのだが、戻ってきた次男の目はキラキラと輝いて自信に満ちていた。素敵な経験をしてきたんだろうなと誇らしかった。彼はきっと、ジンベイザメと泳いだ30分を一生忘れないだろう。そこに連れて行ってくれた若くエネルギッシュな父親の姿もずっと忘れないだろう。今年のクリスマスプレゼント『ワンピース・ルフィーのフィギュア』はいつか忘れ去ったとしても。