—041— 職業病

白井純子 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている。

恐れていたことが現実になってしまった。家事をするのにも支障が出るほどの腰痛だ。体が冷えるこの季節、ギックリ腰を回避したくてマッサージ店に行ったにも関わらず、その翌日、仕事中に泣き暴れる11ヶ月のベビーを30分以上抱き続けた結果、その日の夕食を作り終えた頃には腰の鈍痛で食欲も失せていた。


 年末年始と仕事をお休みしている期間があったため、ベビーを抱いて揺らすのも久しぶりだった。休みモードの体が悲鳴をあげたのだろう。立っても座っても鈍痛が消えない。幸い横になっていれば痛みは和らぐのだが、正月太りに輪をかけて体重増し増しになりそうで心も重い。

 さて、産婦人科クリニックの託児コーナーで保育士を始めてから1年以上が過ぎたのだけれど、母親が診察のために姿を消してから診察を終えて戻ってくるまで、ずっと泣き続けた子はこのベビーが初めてだった。人見知りの時期ではあるけれど、おもちゃにも、アンパンマンのビデオにも、窓の外の景色にも、一切関心を示すことなく、ただただ母を求めて体を仰け反らせながら激しく泣き続けた。小さな体の全エネルギーを泣き喚くことに費やしている。今までは、泣き疲れて抱かれながら眠ってしまう子が多かったが、今回はそうもいかなかった。その子にはとても不安そうな表情が見て取れたので、私は「大丈夫だよ、ママは必ず戻って来るから」と声をかけ続けた。


 ママは診察前待合室にいる時から、11ヶ月のベビーに向かって「ママは少しいなくなるからね。ママがいないのにも慣れなきゃ。」と言い聞かせていた。ベビーは明らかに理解できていない。託児コーナーのおもちゃで遊ぶベビーが手に持っているものを投げると激しく叱る。もちろん意識的に投げているというより、持って離してという動作の繰り返しをしているだけなのだが、ママはベビーが悪さをしていると思っているようで、ベビーを叱る口調がきつかった。育児にストレスを抱えていることがうかがえたので、「この月齢ではまだ理解できてないですよ、個人差はあるけれど、このくらいの子どもはみんなこんな感じですから大丈夫ですよ。」と声をかけると、「みんなこんな感じですか…」とママは一瞬笑顔になった。


 月齢以上の発達を常に求められているベビーは、叱られる機会も多いのだろう、それゆえにママが姿を消すことに対して本能的に不安になったのではないかとその子を抱きながら考えた。戻ってきたママは、子どもよりも私やクリニックにいた他の患者さんに迷惑をかけたことをひどく気にしていた。保育士としては、まずは子どもに「よくがんばったね。」と声がけしてあげて欲しかった。

 明日から夫がまた出張なので、荷物運びを手伝ってもらおうとスーパーマーケットに行くと、1歳くらいの女の子が泣いていた。ママは彼女を無視して買い物を続けている。ママを追いかけママの太ももにしがみつく女の子から目が離せない。育児ストレスを抱える若いママがここにも一人。ママから離れてしまった女の子を抱き上げたい気持ちをグッと我慢。私の腰が悲鳴をあげてしまうだろうから。ママにも葛藤があるのだろう。次の瞬間には子どもの鼻を拭いてやっていた。がんばれ、ママ!大変な時期は必ず終わる。乳幼児を抱えて眉間にシワを寄せてる若いママたちが気になって仕方ない。これはまさに職業病だ。