—017—もくもく清掃

白井純子 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている

先週次男の小学校で個人懇談があった。年に2回、担任教師と保護者が10分ほどの話し合いを持ち、子どもの様子など情報を共有する。日本は4月から新学年が始まるので、今回の懇談会は新しい担任の先生と直で話す初めての機会だった。


 次男が通う小学校はいわゆるマンモス校だ。全校生徒は1000人を超え、1クラス35人以上。4日間かけて担任の先生は放課後に保護者と懇談する。先生も大変だと思う。今までは「楽しく学校に通ってくれたらOKです」と伝え、10分もかけずにすぐに切り上げていた。でも今年はある覚悟を決めて学校に向かった。先生に伝えなければならない思いがあったからだ。それは、4月の新学年が始まったばかりの頃、先生の挨拶の中にあった「もくもく清掃」なる新しい学校ルールについてだった。先生は本当にさらりと、全く問題意識なく「もくもく清掃」が始まったことを紹介した。掃除の時間は話をしてはいけないという新しいルールについて。

 日本の小学校では、生徒自身が教室や校庭、体育館やトイレなどを掃除する。これは諸外国で高い評価を受けている。私も清掃の時間を学校で持つことに賛成だ。自立を促す第一歩になると考えるからだ。でも、この作業を沈黙で行わなければならないのはなぜか。むしろ、積極的に子ども同士でコミュニケーションをとる場にしてほしいとさえ思う。


 私は率直に先生に尋ねた。このルールができたのはなぜですかと。先生は、掃除中にふざける子どもがいる、きちんと掃除を行う生徒との不平等感、集中して取り組む姿勢を育てる…などと説明した。そして何度か「集団」や「協調」の言葉を耳にした。私は、「いろいろな子供がいる中での指導は先生の負担も大きいと思う。でも並んだ机に座って授業を受け身で聞く日本の学校で、子ども同士が協力して作業を進める清掃の時間はコミュニケーション能力を育む少ない機会の一つだと思う。」という旨を伝えた。また、この小学校は帰国生が多く、特に西洋の国から帰国してきた子ども達の中には、日本独特の学校環境に馴染めず、登校困難になる子もいること、常に受け身の環境の中で「指示待ち人間」ばかりを育ててしまう状況は時代錯誤に感じるということも話した。先生は何かに気付いてくれたようで、「そういえば、僕は世界を知らないかもしれない」というようなことを半ば驚いたような表情でつぶやいた。私は「こんな意見もあるのだと校長に伝えてください」とお願いして席を立った。

 様々な意見があると思う。もちろん「もくもく清掃」に賛成する人もいるだろう。人は、自分の立場や経験などから自分なりの視点を持つ。たまたま私はこのルールに疑問を抱くような生き方をしてきただけだ。それでも先生に思いを伝えたのは、学校が「国際社会で活躍でき、自ら考え自ら行動する人材を育成する」とスローガンを掲げながら、新しいルールがそれに矛盾しているように思えたからだ。沈黙の作業を強要することは、子どもの自主性を育てることに反していないか?ただの掃除でも、協力しながら進めるにはコミュニケーションは欠かせない。話し合いの中で自分の考え方に気付くこともあるだろう。6年間のうちに数回でもそんな機会があれば、もうけものだ。学校は軍隊じゃない。学校の主役は子ども達だ。理想主義で申し訳ないが、私はそんな風に思う。