—019— 引き継がれるもの

白井純子 

愛知県出身。大学では国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得し、現在保育士としてパートタイムで働いている

 義父が危篤だと夫から連絡があったのが先週金曜日の朝。前日に肺炎にかかってしまったようだと聞いていて、もしかしたらと覚悟はしていた。仕事でずっと香港にいた夫は、時間が許す限り老人ホームに義父を訪ね、話をしたり散歩をしたりしていたという。危篤の知らせがあった日の朝も一緒に散歩をしていたらしい。事態が変化する速度が急すぎて戸惑ったが、子ども達が学校から帰宅するのを待って、すぐに香港に飛んだ。
 香港に着陸後、夫に電話で連絡をした。彼は鼻のつまった声で「逝ってしまった」と静かに言った。間に合わなかったという悔しさと寂しさで、胸が苦しくなった。長男が夫と話しながら涙をぬぐっていた。息子たちにとって、初めての身内の死だった。
 空港まで迎えに来てくれていた友人の車で病院に向かう。病院に着くと、夫と義姉が待っていた。静まりかえった病院の一室、義父のベッドは大部屋の中にあった。カーテンで仕切られたそこに、安らかな表情で眠る義父が家族に囲まれていた。一目で、義父が苦しまずに逝ったことが分かった。長男が人目も気にせずに涙を流す。いつもはクールな長男の涙を久しぶりに見た。次男は厳粛な雰囲気にのまれたのか、動揺を見せずに黙っていた。

 義父は穏やかで思慮深く、思いやりがあって忍耐強い人だった。厳しい時代に大陸から香港に渡ってきて、子ども達を懸命に育て上げた。夫が義父に対して尊敬の念を強く抱いていたことを私は知っている。夫は義父からたくさんの事を学んだという。そして義父は旅立った。「家族に囲まれ、惜しまれながら逝った父は幸せだった」と夫は言った。できる限りの親孝行をしきった夫に後悔の表情は微塵もなかった。そして私たちは、義父がたくさんの新しい命をこの世界に残し、その中に生き続ける、過去から未来につながっていく家族の歴史に改めて思いを馳せた。

 日本で人が亡くなると、その晩もしくは翌晩にはお通夜が行われる。その後数日内でお葬式という運びとなるのだが、香港は葬儀場も順番待ちで、義父のお葬式は1ヶ月後に行われるという。それまでは病院の霊安室で冷凍された状態で保管されるらしい。今まで呼吸をし、脈を打っていた義父の体は、その機能が止まってしまった時点を境に物体扱いとなるのだ。1ヶ月間も冷凍庫に入れられてしまうなんて、正直不憫に感じてしまった。
 翌日、実家に家族が集まって食事をした。子ども達のはしゃぐ声と、それを見ながら笑う大人の声が響く。しんみりとした雰囲気はなかった。老体から解放された義父の魂も一緒にそこにいて、幼い孫たちの愛らしい姿に微笑んでいたことだろう。

 香港から日本に帰国し、家に帰るまでのバスの中で、長男から義父のことをたくさん尋ねられた。私は知っている限りのことを話した。彼の中に、義父の血を引き継いだことへの誇りのようなものを感じた。そして、「中国語も勉強しようかな」と彼にしては珍しい積極的な言葉を発した。努力家だった義父、それを継いだ夫。目に見えない何かがこうして父から子、子から孫へと引き継がれていくのかなあと感慨深かった。怠け者なティーネイジャーに、祖父の死が小さな変化をもたらしたと期待したい