絵本から得られるもの
絵本を読むこと、読み聞かせること、こんなことをじっくり考えるなんて、ひまな人だろうと思われるかもしれませんが、世の中のお父さん、お母さん、または子どもに関わる人たちにどうしても伝えたくて、分かりきったことかもしれませんが、時間を割いて読んでいただけたら、とても嬉しく思います。
プロフィール :
横井ルリ子さん 教育者教員経験を活かし、個人教授という立場で長年教育に携わる。現代の教育に疑問をもち「母のクラス」「こころのクラス」など独自の教育法を実践。最近は、読み聞かせ、読書、作文など国語教育にも力を入れている。在港16年。
『シナの五にんきょうだい』
10余年前の夏、イタリアの小さな海辺の街でホームステイをしていたときのこと。ステイ先の6歳の息子が「ルリ子は何人か?」と 聞いてきた。私は「日本人、ジャポネーゼだよ」と答えた。「どこに住んでいるの?」「ホンコン、そうそうオンコング」きっと日本と中国の区別もつかないの だろう。
どこかへ走って行った彼は再び、一冊の絵本をかかえて戻って来た。そしてその絵本を私の前に差し出した。一目絵を見ただけで、それは日本人をモデルにし た本ではなく、中国人をモデルにした本だと分かった。なぜなら、その表紙に描かれていた人物はみんな目が細く、らーめんのどんぶりをひっくりかえしたよう な帽子をかぶり、そでの中に両手を入れている典型的な中国人の像だったからだ。日本人と中国人は共に東洋人。瞳の色、髪の色、肌の色、体つきまでよく似て いる…が…。
絵本はイタリア語で書かれていたので、内容は全く読み取れなかった。しかし、絵に沿ってページをめくっていけば、なんとなく流れはつかめる.これが一番最初に『シナの五にんきょうだい』に出会った瞬間だった。
その後、偶然にもこの本の日本語訳を読む機会に恵まれた。日本語訳は雑誌の中で紹介されていたので、挿し絵を見たわけではなかったが、すぐにあの本だと わかった。そして私はこのとき初めてこの本を日本語に訳したのは、石井桃子さんだと知ったのだった。訳者の石井桃子さんは、「子どもの読書の導きかた」の 中で、石井さんのかつら文庫に訪れる子ども、誰でも大好きなお話で、一番記憶に残るお話がこの『シナの五にんきょうだい』だと。
「このお話には、子どもをひきつけて、しまいまでつれてゆき、そこで満足させておわるという、お話にはなくてはならない条件が完全にそなわっていると思 います。(中略)このお話の中には、子どもの心に、形となってえがけないことばは、ごくわずかしか出てきません。心にえがけないというのは、抽象的なこと ばです。」(抜粋)
もともとは古い中国の昔話だが、パリの児童図書館員、クレール・H・ビショップという人が再話し、クルト・ヴィーゼが絵をつけた。クレール・H・ビ ショップさんは本にする前に400回、子どもたちに語って聞かせたというから驚きだ。なるほど、西洋で広く親しまれている本だということ、納得した。
『シナの五にんきょうだい』見分けがつかなぬほどそっくりな5人兄弟が主人公。それぞれが一風変わった特技をもっている。例えば、海の水を飲み干せるとか、息をずっと止めていられるという具合に。
さて、今日は月に一度の作文教室。新しいお友達としてすずちゃんを迎えた。もちろん本日のお話は『シナの五にんきょうだい』。なぜならすずちゃんのお父さんは香港人、正真正銘支那の五人兄弟の末っ子なのだ。
私がお話を読み始めると、子どもたちの目が私に釘付けになり、長男から始まる逸話をじっと息もつかずに聞き入っている。
私もまたこのお話を語りながら、10年前のイタリアでのあの光景を思い浮かべた。毎年7月になると『シナの五にんきょうだい』とイタリアの海を思い出す。
2007年12月9日の日記より
*『シナの五にんきょうだい』 クレール・H・ビショップ 文
クルト・ヴィーゼ 絵
いしいももこ 訳
福音館書店 絶版