絵本から得られるもの
絵本を読むこと、読み聞かせること、こんなことをじっくり考えるなんて、ひまな人だろうと思われるかもしれませんが、世の中のお父さん、お母さん、または子どもに関わる人たちにどうしても伝えたくて、分かりきったことかもしれませんが、時間を割いて読んでいただけたら、とても嬉しく思います。
プロフィール :
横井ルリ子さん 教育者教員経験を活かし、個人教授という立場で長年教育に携わる。現代の教育に疑問をもち「母のクラス」「こころのクラス」など独自の教育法を実践。最近は、読み聞かせ、読書、作文など国語教育にも力を入れている。在港16年。
玩具の所有者
妹の友人に「お姉さんに聞いて欲しい」と打ち明けられた懸案。それは、「兄弟のおもちゃの取り合い」である。そのお母さんの話によれば、兄は4歳、弟は1歳、兄の所有するおもちゃの方が圧倒的に多い。弟は必然的に兄所有のおもちゃを欲しがる。しかし、兄は自分が所有者だと主張して引かない。どうしたらいいのか?
二才違いの息子をもつ友人は常に同じ物を買い与えている。例えば、おもちゃ、洋服、靴、全く同じものを二つ買うのだ。それでも多少のけんかは生じると言う。
いつまで同じものを買い続けるのだろう?
必ず同時に同一物を買い与えなければいけないのか?
兄弟平等に同じように育てなければいけないのか?
それが平等という意味なのか?
親は本当に同じように育てられるのか?
次々、疑問がわいてくる。
それぞれの家庭のやり方があるので、「じゃあ、こうしてください、ああしたらいい」という回答はできないが、うちの場合はこうしている。いつものように、独断と偏見で私が決めたやり方だ。
うちにある全てのおもちゃは母のものである。積み木、ブロック、おままごとセット、絵本にいたるまで、全てに所有者である私の名前が書かれている。娘たちはおもちゃの取り合いをする前に、まず、母におもちゃ貸し出しの承諾を得る手続きをしなければならない。おもちゃで遊ぶ権利は、早い者勝ちであるが有効期限は当日限りである。遊び終わった後は、借り物ゆえに、必ず返却しなければいけないシステムになっている。
民主的な香港に暮らしながら、かなり社会主義色が強いこのやり方に娘たちが文句を言い出そうと、後の祭りである。
ある日の日記より 2004年5月2日