カウンセリングルームから見える風景

香港が第2の故郷になる時


カウンセリングルームから見える風景

Suomi Fujimori

臨床発達心理士。2012年より香港に移住。個人・カップル・ファミリーを対象としたカウンセリングを、日本語・英語で提供しています。

 


香港が第2の故郷になる時

こんにちは。香港でカウンセラーをしている藤森です。
皆さんは、香港に何年、住んでらっしゃいますか?在住歴の長い方も短い方も、香港の人の流れの速さに気づかれたと思います。ついこの前香港に来たと思った人が、日本に帰っていく、他の国へ引っ越していく。ずっとここに住むと思っていた香港人ですら、移民申請をして、新天地を求めていく。いつの間にか、自分が古株になっていて、びっくりすることもあるでしょう。香港は新しい人が受け入れられやすい環境である一方で、すぐに人が入れ替わっていきます。このことが、人によっては、寂しさや拠り所のなさと感じられて、香港を自分の居場所とは思えない理由となるのかもしれません。実際に「皆が来てはいなくなってしまう、こんな場所は故郷だとは感じられない」というお気持ちを聞いたことは、何度かあります。人の流れの激しい香港は、刺激的であると同時に、寂しさを感じさせる場面もあるようです。

私が香港に移り住んで4年半が経ちました。当初は、次々とお友達ができては去っていく香港での人間関係に、少し疲れた時期もありました。自分の体験や、カウンセラーとしてお話を聞くことから感じるのは、どうやら、「あの人がいる、あの場所で集える、あんな楽しみがある」と思える心の拠り所が、寂しさや不安を埋めるためのものであると、失われた時のダメージも大きくなるようです。その違いは、こんな質問を自分に投げかけてみると、明らかになります。

  • 「そのお友達が引っ越していくことで、つらくなるほど動揺してしまうのだとしたら、何がこんなに動揺させるのでしょう?」「何か、特定の考えや気持ちが浮かんでくるとしたら、それは何でしょうか?」
  • 「そんなつらい気持ちになるのは、そのお友達が、特別に大切なのでしょうか?」それとも、「誰であれ、友達が去っていくこと自体が、気持ちに触るのでしょうか?」

「また一人になってしまう」「どうせ、みんないなくなる」など、特定の考えや気持ちが繰り返し浮かんできてつらいのであれば、根っこの部分に、心の拠り所を失う寂しさや不安があることが考えられます。人とのつながりが、楽しみのためであるというよりは、自分の中にある空虚さや不安を埋めるためのものであったと見ることができます。

心の拠り所の問題が、ことさら表面化するのは、日本を離れていることとも関係しています。日本にいた時は、とりあえず、「このお友達と仲良くしていれば大丈夫」、「この集団に所属できていれば大丈夫」という帰属感が得やすく、それが、心の拠り所になりやすいようです。また、「そのお友達や集団の価値観に沿った行動をしていれば大丈夫」という、自分で判断をしなくていい、リスクを取らなくてもいい安心感も得やすく、不安を低減するのに役立っています。しかしながら、価値観も多様で、人の流れが激しい香港では、特定の友達や集団に属すことが長く続きません。このため、心の拠り所の本質が問われやすい、見えなかった寂しさや空虚さが表面に出てきやすくなっている状態と言えるでしょう。

では、海外生活は、ずっとこんな寂しさや空虚感を抱えながら続けていかなくてはいけないのでしょうか?私自身の4年半を振り返って実感しているのは、「今まであったものがなくなる、常に変わりゆくことに、寂しさを感じることはあっても、動揺の幅は小さくなっていく。また、精神的な拠り所が自分の中にできることが、外の変化にそれほど揺さぶられないための役に立つ」ということです。

私の変化のもととなった気づきは、ご近所の方と一緒にやる太極拳の中にありました。私は1年ほど前から、太極拳のグループに参加しています。リーダーは60代半ばの香港人男性ですが、メンバーは、30代から80代と幅広く、また国籍も香港人、中国人、台湾人、韓国人、マレーシア人、フランス人…、そして、私日本人と、幅広い層が参加しています。リーダーや世話役の人を中心に、気功、楊式太極拳、太極剣、功夫扇を一通りやると、汗びっしょりで、あっという間に小一時間が経過します。終わった後の爽快感が何物にも代えがたく、お互い片言で交わす挨拶や会話に、とても癒される思いです。

このゆったりとしたつながりの中で、「自分にとって、心地よいから、ただそこにいる」と、自分の在り方を見直す機会を、私は思いがけず得ることができました。気持ちいいから集まってくる。やりたい活動にだけ参加する。おしゃべりしたいならいるし、したくなければ帰る。年齢は違えど、遊びたい時に集まってくる子どもたちを見るような思いがします。そこでは、何も期待されない。役に立とうが、立つまいが、誰が優れていようが、いまいが、関係ない。一緒に遊びたいから、外に出てくる、帰りたいなら帰る。そんなシンプルな関係の中で、私が香港で生活をするにあたって、落ち着きを取り戻すきっかけになってくれました。それは自分の存在意義やアイデンティティを、所属先や役割などの自分の外に求めていたのが、心の拠り所として、内側に見つけるようにできるようになってきたプロセスと重なります。

香港生活を楽しみたいけど、常に刺激を求める生活に少し疲れてきた方。友達ができた矢先に、いなくなってしまうのでつらくなってしまう方。それぞれに、自分の中に拠り所を見つけるチャンスが到来しているのかもしれません。今までの考え方ややり方が通じない。新たな考え方ややり方が求められている。それは、成長のチャンスです。

新しい土地に馴染むこと、自分の心の拠り所を問われることは、その渦中にいる時には、つらく長いプロセスであるかのように感じられるかもしれません。でも、それぞれを小さなステップに刻んでみると、

  • 「香港に行ったら、あの人に会える、あの場所で集える」と、楽しみにできる心の拠り所を見つける。
  • その楽しみによって、多少のつらいことや不便さは、日常に紛れていく。
  • いらないものがそぎ落とされると、本当に自分にとって大切なものが見えてくる。
  • 人の流れや変化があっても、内なる心の拠り所が支えてくれる。

こんなステップを踏んで、人は新しい土地に馴染んだり、愛着を感じていくのかもしれません。そのプロセスはゆっくりとしてなかなか進展が見えないけれど、振り返ると、いろいろな変化が見えてきます。その変化を乗り越えてこそ、日本を離れて住むことで、新たな土地に思い入れを感じることができる、もしかしたら、そこが第2の故郷を見つけられかもしれません。カウンセリングは、そんなプロセスも応援していくことができます。

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