香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

サロン飲茶楼

サロン飲茶楼

香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

白井純子 

愛知県出身。大学では日本国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。

2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得。

2019年夏から息子達の留学のためバンクーバーに滞在中。現在の関心ごとは「Sustainability」。

 


サロン飲茶楼

春休みに半年ぶりに香港に帰った。半年も帰らないと、食べたいものや会いたい人で頭がいっぱいになる。出発前は色々と予定を立てたけれど、4日間では足りなかったというのが旅を終えての感想だ。結局はほとんどの時間を家族との食事で過ごしたような気がする。


20年前から変わらない飲茶楼に2回行った。インドネシアやフィリピンから来たヘルパーさん以外には、ほとんど外国人が来ない超ローカルな飲茶楼。決して清潔感があるとは言えない椅子や、客が変わっても取り替えられることのないテーブルクロスは、子ども達を神経質にさせる。それでも楽しみにしていた叉焼飯が来ると、無言で貪るように食べていた。


外国人という立場に帰った自分は、早速自由な気分で人間観察に入る。怒ったように話す優しいおばちゃんスタッフは「もっと広い席があるから、そっちに移動したらいいのに」と気遣ってくれていたのだが、言葉がわからないとけんか腰に文句を言っているようにしか見えないのが面白い。そして、この飲茶楼ではこんな心優しいおばちゃん達がたくさん働いていることに気づいた。

大きな公共アパート群の中にある飲茶楼には、老人の一人客がよくやって来る。その度におばちゃんスタッフが声をかけ、肩に手をまわしたり、背中をさすったりして席に案内する。飲茶楼は食事をするだけの場所ではなく、老人が社会とつながり、人とつながる場所なんだと改めて悟った。相席をすることで話し相手もできるだろう。誰かが子守りで連れてきた赤ちゃんをからかったりもする。何十年もここに住み続けてきた老人達は、飲茶楼に行けば常に顔見知りに出会えるのだ。一人暮らしの老人を孤独にさせないこの文化が日本にもあったらよかったのにと思った。


義理の父が亡くなった今、義理の母がこの飲茶楼でおばちゃんスタッフと仲よさげに会話する様子を見て、とても温かい気持ちになった。誰かが誰かを気遣い、つながりを拒まず、人らしくあるその光景を見て、私はどこか羨ましいような気分になった。

日本に帰国してもうすぐ5年になる。頻繁に訪れるイタリアンレストランが近所にあるのだが、何度も顔を合わせているスタッフとも会話するまでには至っていない。香港に住んでいた頃は、近所の商場を1周すれば何人かの顔なじみに声をかけられたものだ。夫が私の顔の広さに驚いたくらいだ。今回も長男の希望で以前住んでいたマンションを訪れ、懐かしい商場のスーパーマーケットに行ってみた。レジ打ちのおばちゃんは皆以前のままで、私の顔を見てすぐに手を振ってくれた。「ママの顔を見なかったら、子ども達は分からなかったよ」と言って、子ども達の成長に驚いていた。こんなやりとりにほっこりする。


人はつながりがあることで強くなるということに気づいた今回の香港帰省。時代が変わっても変わらないでいて欲しいものがここにはあった。

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