香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

ひとりの時間

ひとりの時間

香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

白井純子 

愛知県出身。大学では日本国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。

2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得。

2019年夏から息子達の留学のためバンクーバーに滞在中。現在の関心ごとは「Sustainability」。

 


ひとりの時間

しばらくぶりの空港はパンデミック前と比べ閑散としていた。香港行きの便に乗り込むための手続きをするアジア人だけが長い列を作っている。夫と私はこの列の最後尾についた。

彼を見送るために空港へ来るときはいつも、胸が締め付けられるような気持になる。そして、時計の針の進みがいつもの倍以上のスピードに感じられるのだ。あと10分もすれば、夫はあのカウンターの向こうに消えてしまう。その10分はあっという間に過ぎてしまう。

夫の姿が見えなくなるまで手を振ると、少しだけ落ち着きを取り戻して空港の出口に向かうことができた。別れる瞬間を待つ時間が一番つらい。何日も前からその瞬間が来ることに怯えていたのだ。そしてその瞬間は現実となり、過去となる。

2月末から8か月以上もバンクーバーに留まっていた夫が、ついに香港への帰国を決めたのは、出発の4,5日前だった。覚悟はしていたものの、一緒に過ごした時間が長かった分、彼が不在の生活を想像すると寂しさが込み上げてきた。しかし反面、これでいいのだと納得している自分がいた。

仕事好きな彼が仕事もできず、社交的な彼が友人とも会えずに有り余る時間を何とかやり過ごす日々の中、彼の表情が曇ることは少なくなかった。特に、仕事のオファーが来た時の彼は、精神的にキツそうだった。時間があるのに仕事を受けられないジレンマが彼を苦しめていた。パンデミックが想像以上に長引く中、家族一緒にいる安心感を優先させてきた彼だが、それでも私たちの生活を前に進める必要を感じていたのは彼も私も同じだ。滞った時間を前に進めるためにも、彼は香港に戻った方がよいのだ。

精神的に不安定になるのではないかと心配で、夫の気がまぎれるようにと外食に出かけたり、散歩に出かけたり、私自身は前よりも忙しくなっていたように思う。彼の飛行機が空に向かって滑走を始めたころには、溜まっていたこまごまとした雑用のあれこれを片付ける計画を頭の中で始めていた。

夫が残していった植物たちに水をやり、部屋の隅々まで片づけをする。かつての日常を再び迎える準備は整った。子ども達を学校に送った後は、YouTubeを見ながらピラティスをし、いい感じに体が温まるとお茶を淹れて一息つく。そして、読みかけだった本を開くのだ。夫と入れ替わりに私の「ルーティーン」が戻ってきた。 

自分だけのために使う自由な時間があることは、丁寧な暮らしをする基本なのだろう。テーブルの上にアロマキャンドルを飾ったり、クッションカバーを変えたりする自分が、すでに寂しさを克服していることに気付いた。

母であり、妻であり、私である自分。すべてはバランスが大切なのだと一人の時間を楽しみながら思った。

Related Posts

發佈留言