香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

故郷のおもかげ

故郷のおもかげ

香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

白井純子 

愛知県出身。大学では日本国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。

2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得。

2019年夏から息子達の留学のためバンクーバーに滞在中。現在の関心ごとは「Sustainability」。

 


故郷のおもかげ

私たち家族は6年前の夏までの9年間香港に住んでいた。平和で楽しい時間だった。

子ども達がまだ幼かったこともあり、暇さえあればあちらこちらに連れて行った。ディズニーランドやオーシャンパークは年間パスを持っていたし、夏にはビーチやキャンプに出かけ、天気が悪ければ屋内で遊べるプレイルームを目指した。バスや地下鉄を乗り換えながら、行ったことのない街を訪れ、その街特有の雰囲気を味わうことさえも私たちには楽しいイベントだった。

子ども達の友達と約束してプレイデートをする度に撮った写真が懐かしい。忘れられない思い出が溢れている。

最近気が付いたのだが、イベントは思い出として記憶に残るが、日常はなかなか記憶にとどまってくれない。外出自粛期間が3ヶ月もあったせいで家の中でダラダラと過ごすことが多く、昨日何をしたのか、何を食べたのかさえ思い出せないこともあり、なんだか人生を無駄遣いしているようだった。気候も良くなり外出制限も緩和されて、外に飛び出していきたい私たち夫婦とは裏腹に、子ども達は出掛けたがらない。面倒くさいらしい。オンラインでゲームをしたり、YouTubeを見たりすることで退屈も感じていない。それでも欲張りな私は一つでも多く楽しい思い出を作りたいと思い、あの手この手で子供達を連れ出すようにはしている。

バンクーバーに訪れたことのある香港人ならご存知かと思うが、ここは香港ソウルフードが充実している。大阪にいた頃には出会えなかったチャーシュー飯や香港スタイルのアイスティーなどを、バンクーバーでは味わうことができる。しかも味は本物、極上レベル。これには長男が大喜びした。まさに恋しくて忘れられなかった味が、いつでも手軽に食べられるようになったのだ。そして最近、YouTubeで香港のバスの映像を見ていた長男が私のところにやってきて「これと同じバスがバンクーバーでも走ってる」と興奮気味に話した。それは香港名物の2階建バスだった。彼は幼い頃からバスが大好きで、香港にいた頃は何台もバスのおもちゃを持っていたし、窓の外を走るバスのエンジン音でそのバスが何番のバスなのかを言い当てることができるほど、バスに関心が高い子どもだった。私が「乗りに行く?」と誘うと、彼は珍しく積極的にバスのルートを検索しだした。そして私たちは先日、そのバスに乗ることだけを目的に出かけた。

「香港バスと同じ匂いがする」「音が同じだ」とバスの2階一番前の席に座った長男は目をキラキラさせて、幼子に戻ったようだった。黄色い手すりや青紫の座席は、私たちを6年前にタイムトリップさせた。今から向かう場所は「赤柱」なんじゃないかと思ってしまうほどだった。

高速道路で遠距離まで走るバスだったので、ほんの短い区間しか乗車しなかったものの、長男はかなり満足した様子だった。きっとこの日のことを彼は忘れないだろう。

香港ディズニーランドで子ども達と一緒に写真に写っている私はまだ若い。時間は無慈悲に一方通行の矢印通りにスピードを上げて過ぎていく。振り返ると見えるたくさんのかけがえのない思い出が、私の人生の意味を表しているように思う。私たちはみんな経験してきたことや出会った人達によって形作られている。長男がチャーシュー飯が好きなのも、2階建バスに乗りたがるのも、彼の生きてきた世界の中で大きな存在だったから。だからこそ母として望むのは、自らの人生を多彩なものにすべく積極的に生きて欲しいということだ。家にいてなんでもできる時代だが、外に出なければ出会えないものがたくさんある。そのことを子ども達にも気づいて欲しいと思う。

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