香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

穏やかな心で

穏やかな心で

香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

白井純子 

愛知県出身。大学では日本国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。

2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得。

2019年夏から息子達の留学のためバンクーバーに滞在中。現在の関心ごとは「Sustainability」。

 


穏やかな心で

最近になって、ガーデニングや農業を始める人が私の周りで急に増えた。東京の郊外に農地を借りて畑仕事を始めようとしている友人や、すでに長野で農業を始めたという友人もいる。暖かな季節が巡ってきたカナダでも「ガーデニングの手入れをするから手伝ってね」と友人が声をかけてくれた。

少し前に「土いじりをすると人は心が穏やかになる」という記事を偶然目にして、先が見えないこのご時世で土いじりを趣味にする人が増えたことにとても納得がいった。本能的に食物を自給する必要を感じるのか、緑や花の生命力に癒されるのか、どちらにせよ私たち人間は危機や不安を感じると、土を求めるようにDNAにインプットされているのかもしれない。

香港や日本をベースに、世界のあちらこちらで仕事をしていた夫は、パンデミックの影響をもろに受けることになった。出入国が全世界的に制限される状況下で、グローバルに仕事をしていた人々は仕事の仕方を見直さなくてはならない。夫の場合も香港や日本から仕事のオファーをもらっても、自主隔離14日間を家族と離れて無駄に過ごすのは辛い。一旦カナダを離れてしまうと、今度はいつ私たちと再会できるのかも分からない。仕事仲間からの連絡があるたびに、判断に窮しているように見える。

そんな夫がたくさんの植物を買ってきてベランダで育て始めた。殺風景だったベランダが一気に賑やかになった。最近は土と種を買ってきて、プランターにせっせと種をまいては水やりをしている。ラディッシュやエンドウ豆がわんさかと芽を出し、子ども達も驚いた。次男は自分が食べたりんごの種を小さな植木鉢に一つだけ蒔いたのだが、それが立派に芽吹き、家族みんなでりんごの木が見られる日が来ることを楽しみにしている。

まだ時折寒い風が吹くベランダに跪き、一つ一つの植物に水やりをしている夫。私が料理で使ったタマゴの殻を茹でてから砕いて肥料にしたり、オレンジの皮をハサミで細かくカットして、害虫を防ごうとプランターに並べたり、見ていて微笑ましい。心穏やかに、物言わぬ生き物たちと向き合うことで、彼は心の中の不安を紛らわしているのだろう。

初夏の日差しが差し込むベランダで、緑が風に揺れている。ミントの葉っぱが下に垂れ始めた。水をくれる夫が来るのを待っているようだ。密に蒔きすぎたラディッシュはそろそろ間引きをしてやらないと、大きな実をつけないだろう。農家に育った私はそんなことを思いながら可愛らしいスプラウトを眺めている。生命って美しい。小さくても大きくても、その美しさに人間は感動するのだろう。

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