香港子育て回顧録 -これまでも、これからも
白井純子
愛知県出身。大学では日本国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。
2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得。
2019年夏から息子達の留学のためバンクーバーに滞在中。現在の関心ごとは「Sustainability」。
カナダの実感
私が長年使用していた携帯電話の機種が古くなり、対応できるアプリケーションがなくなると長男が脅すので、思い切って新しいものに買い替えることにした。アップルストアに入ると、まぶしいほどのスマイルで手を振ってくる青年がいる。ついつい引き寄せられて彼の元まで行くと、彼が手元のPCを指差し、何かタイプして私たちに見せた。「探し物は何ですか?タイプしてください」と書いてある。私は買おうとしていた携帯電話の機種をそこにタイプした。「色は?」と彼は、店頭に並べてある幾つかの携帯電話を示した。そして、「担当者が来るからここで待っていてください」とタイプすると、次の客にまたジェスチャーでアピールし始めた。そう、彼は耳が聞こえない。しかし彼は積極的に、他のどのスタッフよりも素敵な笑顔で接客をしていた。この経験で私は、自分がカナダという国に住んでいる実感を改めて持った。
この街では、電動車椅子に乗って買い物をしている人を頻繁に見かける。車を運転する人から気付いてもらいやすくするためか、電動車椅子の端には高めの旗が付いている。足が悪くても気軽に出かけられるので、身体的な理由だけで引きこもってしまう人を減らせるだろう。
香港にいた時は、老人が乗る車椅子をヘルパーさんが押して公園を散歩する姿をよく見かけた。香港の老人は幸せだなあと思ったものだ。その後日本で暮らした5年間、車椅子の人を街で見かけることはほとんどなかったように思う。スーパーマーケットでは車椅子が通るスペースさえ確保されていなかった。日本の障害者の方達は、どこで生活しているのだろう。
留学を考え始めた一昨年の夏、下見がてらバンクーバーを旅行した。そこで偶然出くわした「Pride Parade」。毎年開催されるLGBTのお祭りだ。レインボーカラーの旗が町中にはためき、派手な出で立ちの老若男女が大通りを練り歩く。カナダの首相も参加したことがニュースでも取り上げられていた。すべての人が偏見によって差別されることなく、幸せを享受することができる環境をみんなで作ろうとしていることが、本当に感動的だった。
アップルストアで出会った聾の青年は、英語のリスニングが苦手な私にとって、早口で話しかけてくる店員よりもずっとありがたい存在だった。アップルが私のような客がいることも計算済みで彼を雇ったのかどうかはわからないけれど、人にはそれぞれ違いがあるので、対応する店員も違いがあっていい。これこそwin winと言える。マイノリティーの人々が胸を張って堂々と幸せに暮らせる国が、この世界でどれくらいあるだろう。排他的なムードと差別が広がる世界の中で、今回の経験は、子ども達に優しくて美しい未来を思い描ける機会を持たせることができたのではないかと思う。