香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

共犯者たち

共犯者たち

香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

白井純子 

愛知県出身。大学では日本国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。

2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得。

2019年夏から息子達の留学のためバンクーバーに滞在中。現在の関心ごとは「Sustainability」。

 


共犯者たち

あるコメディアンが司会を務める情報番組があった。放送は毎週土曜日の朝5時半から1時間。よっぽど観たいと思う人しか観ない時間帯だ。私がその番組を初めて観たのは先週の土曜日だった。たまたま早朝に目覚めてしまい、二度寝もできず、ベッドから出てテレビをつけた。有名なコメディアンだが、いつもはゴールデンタイムに見る顔だ。こんな時間帯に彼を見るとは意外だったが、もっと意外だったのはその番組がかなり突っ込んで現政権を批判していることだった。その週は100年安心と言われていた日本の年金について、金融庁が作成した報告書が世間を騒がせていた。その報告書には、老後年金だけでは世帯ごとで毎月約5万円の赤字が出る可能性があり、2000万円程度の蓄えが必要になるとあった。現在の日本は格差が広がり、一部では40代で貯蓄ゼロの世帯が35%もいるというデータもある。当然国民から憤りの声が上がった。しかし、それ以上に問題だったのは、金融大臣がその報告書を「政府の政策スタンスと違う」という理由で受け取らず、なかったことにしようとしたことだった。この番組の締めのコメントとして、このコメディアンは「目先の選挙にばかりこだわる政治。それが果たして我々国民、そして未来の子供達にとってより良い世の中を作ることにつながるのでしょうか」と言い放った。思わずテレビを前に拍手してしまった。メディアが政権に「忖度」しているのか、実際に政権側がメディアに「圧力」をかけているのか、最近は政権批判する番組が減る一方だ。そんな状況で、絶大な人気を誇る有名コメディアンが、知性と教養を武器に、勇敢に政権の問題点を突いている姿に一縷の希望を感じた。

しかし次の週には、私を失望させる事態になった。突然この番組が今月いっぱいで打ち切りになるというのだ。しかも、この番組の後継番組の司会に与党議員の娘が就くという。あまりにもあからさまで、悔しいような悲しいような耐え難い感情を覚えた。

少し前に韓国映画「共犯者たち」を観た。イ・ミョンパク、パク・クネ政権の約9年間にわたる言論弾圧の実態を告発したドキュメンタリー映画だった。政権に批判的なメディアの経営陣は排除され、調査報道チームは解散、記者たちは非制作部門へと追いやられたものの、本物のジャーナリスト達が、韓国ジャーナリズムを破壊した『主犯』である政権と、権力に迎合した放送業界内の『共犯者たち』にカメラを向けて、実態と構造を明らかにしていくという作品だった。鑑賞後の感想は「他人事じゃない」の一言に尽きる。しかし、これほど使命感に燃えるジャーナリスト達が日本にどれほどいるだろうか。正義のために命がけで働くジャーナリストを支持する国民がどれほどいるだろうか。敢えて「出る杭」になろうとする者は日本には少ない。少し出るとすぐに打たれるからだ。小学生の頃から「人に合わせる、調和を守る」ことの重要性を教育されている国なのだ。そして、力のあるものには従うことの美徳を叩き込まれる。

先の戦争で日本は大きな過ちを犯した。一人一人が正しい情報を入手でき、きちんと考え、表現出来る環境があったなら、起こらなかったかもしれない悲劇。私たちは過去の教訓から学べているだろうか。私たちは子ども達の未来を守ることができるだろうか。不安ばかりが募る。

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