香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

木蓮

木蓮

香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

白井純子 

愛知県出身。大学では日本国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。

2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得。

2019年夏から息子達の留学のためバンクーバーに滞在中。現在の関心ごとは「Sustainability」。

 


木蓮

木蓮の花が咲いて、散った。あっという間の出来事だった。葉もない低い木に大きな白い花をいっぱいに咲かせ、春の訪れを知らせる木蓮。その花の命は短い。

パスポートの更新時期が近いので、照明用の写真を撮りに写真屋さんに行った。駅前や街中にある証明写真機で撮影してもよかったが、写真屋さんの方が綺麗に撮ってくれるだろうと期待して、少々高く付くものの、近所の写真屋に赴いた。

家族経営の、古くからこの街で生業を続けてきたであろうその店に入り、証明写真を撮りに来たことを受付の女性に告げると、彼女は父親らしき高齢の男性を呼んできた。薄暗い小さなスタジオに置いてある椅子に座るように言われ、そこに腰掛けてカメラを見据える。何度か顔の角度を上下に変えるように指示され、その度にシャッター音が静かなスタジオに響いた。

撮影を終えると先ほどの受付に通され、モニターで撮影した写真の中から気に入ったものを選ぶという作業に入る。そこに映し出された顔に愕然とした。

「どれがいいでしょう?」と女性に聞かれ、言葉が出ない。『これが私?』と心の中で絶望のような感情に陥っている自分が何度も自問自答する。返事ができずに困っている私に、受付の女性と撮影をした男性が「これか…、これかなあ…」などと大して差のない写真を交互に映し出しながら私の決断を促す。『どれも気に入らない』と言う言葉も言えず、「なんだか悲しそうな顔に見える」とつぶやくと、「そんなことないですよ。これがいいんじゃないですか。」と受付の女性が決めてくれた。撮影代金1700円。二度と見たくない、私史上最悪な写真の代金を支払う。すると、「修正はどうしますか?このシワもこのクマも消せますよ。今は就職活動用の写真も皆さん修正するんです。パスポートは10年使いますから、皆さん修正されますよ。4500円で修正できます。」と女性が修正を勧めてきた。一瞬迷う。こんな顔のパスポートを使いたくない。しかし、冷静に考えてみた。なんなら写真機で取り直してもいい。いやいや、夫に撮って貰えばなおいい。夫は現役プロのカメラマンじゃないか。ということで、「修正は結構です」とはっきり断り、店を出た。

撮影代金さえ惜しい。しかし、「こんなに老けてません。」という理由で取り直しを依頼するのもおこがましい。今まで見たこともないような、老けて醜い自分の顔が目に焼き付いて食欲までも失せる落ち込みようだった。

『修正をさせるためにわざと老け顔が目立つ照明で撮影したに違いない』と自分に言い聞かせて、気持ちを立て直す。家に帰って、スマホのカメラで何度か自撮りしてみた。多少はマシだったが、精神年齢と実年齢に大きな差が生じていることは否めない。心が重くて辛い気持ちだった。

遅ればせながら、韓流ブームが我が家に到来し、長男と私は胸がキュンキュンと音を立てるような青春ドラマに連日釘付け。中毒となっている。見ている私の気分は物語のヒロインなのだが、ふと気づけば、ヒロインと言うよりヒロインの母親側の年齢ではないか!そして隣に座る長男は、青春に片足を突っ込んだお年頃。あがいても嘆いても抗えない時の流れ。

今朝、目覚める瞬間まで見ていた夢の中では、憧れの先輩に気に入られて心ときめく女子高生だった私。ところどころで次男が邪魔しに来ていたので、現実とごっちゃになった変な設定だが、夢の中だけでも青春時代がよみがえり、胸がときめいていた。韓国ドラマに感謝。

〈花の命は短い〉と遠い昔に聞いた言葉が思い出される。木蓮の花と同じように、咲いて散るのが人の定めなのかもしれない。次に咲く花を育てる木になった私が、そんなことを思う春の日だった。

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