香港子育て回顧録 -これまでも、これからも
白井純子
愛知県出身。大学では日本国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。
2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得。
2019年夏から息子達の留学のためバンクーバーに滞在中。現在の関心ごとは「Sustainability」。
飛行機
雲の中を行く飛行機の中で「無事に着陸させて下さい」と祈る。さっきまで乗っていた空港までのモノレールの方がよっぽど揺れたのに、空の上では自律神経が乱れて手のひらにびっしょり汗をかいていた。世界で一番安全な乗り物に乗るときにだけ事故の心配をするのも矛盾しているのだが、ここぞとばかり神に祈る。
先週、とある用事のため子ども達と一緒に東京まで飛行機で行ってきた。新幹線と比べて交通費はほとんど変わらない。何より飛行機は圧倒的に時間の節約になる。できた時間で懐かしい大切な人にも会えた。
子供が小さかった頃は、思い出すだけで泣きたくなるほど飛行機に乗るのは大変だった。特に長男は乗り物酔いをしやすい子で、香港から日本へ飛行する間に吐き気をもよおすことも多かった。嘔吐したものを片付け、励まし、なだめ、着陸態勢に入ったアナウンスが流れる頃には、精根尽きていたものだ。下の子が生まれてからは、飛行中二人の世話をしなければならなくなった。離陸のタイミングで泣き出したりすると、どうしても周りに気を遣い恐縮してしまう。いかに子どもたちの気持ちを紛らわし、リラックスさせるかに試行錯誤した。それでも夏休みに入れば、両親の待つ故郷に向かった。母はいつも心配そうな顔で私たちを迎えていた。疲れ果てた私と調子の悪そうな孫が帰ってくるのだから。
先週のフライトで一番緊張していたのは私だったと思う。長男は音楽を聴きながら、次男は漫画を読みながら、あっという間のフライトを終えた。乗り物全般が好きな長男は、この飛行機がどの会社のどんな機種なのかをいちいち説明してくれて、私はまるで覚える気もなく「ふんふん」と聞くふりをした。YouTubeで飛行機の運転方法を見ることを最近の趣味としていた長男は、着陸の時には運転レバーを握る真似までしていた。たった数年で人はこんなにも変わるものかと驚く。弱々しく私の手を握りながら震えていた幼子は、今や飛行機の操縦までしそうな勢いだ。
東京では電車での移動が多かったのだが、地下鉄や鉄道の駅は古く、エスカレーターやエレベーターが備わっていない出口も多い。乗り換えのたびに階段を上ったり下ったりで、普段電車を使わない私達はかなり疲労困憊した。そして帰路に着いた私たちの東京最後の場所が羽田空港。長男が「駅より空港の方が落ち着くわ」とつぶやいた。今や息子達にとって空港は「恐怖の場所」ではなく「落ち着く場所」なのだ。私も精神的な余裕ができて、以前よりずっとフライトを楽しめるようになった。
子ども達が幼児だった頃には想像もしなかった今がここにある。あの頃の苦労も良い思い出になった。飛行機内のWi-Fiにつなげられずにもたもたしている私のスマホをさっと取り上げて、パパッと操作する長男。今や、彼が私の世話をしているようだ。