香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

克服

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香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

白井純子 

愛知県出身。大学では日本国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。

2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得。

2019年夏から息子達の留学のためバンクーバーに滞在中。現在の関心ごとは「Sustainability」。

 


克服

中学3年生の長男がカナダのセカンダリースクールに留学するとすぐに、選択科目を選ぶという楽しいような難しいような経験をした。

カナダでは必須科目以外は自分で学びたいものを選択することができる。実際、一口にセカンダリースクールといっても、各校に特色があり、得意とする分野が違うということは留学エージェントからきいてた。メディアやフィルミングなどに強いということを聞いていたからこそ、長男の通っている学校を第一志望として申請したのだ。

右も左もわからないうちに、彼は興味本位で「メディアアート」という科目を選択した。そして挫折をあじわう。

通常の授業が始まって数日後に彼は「メディアアートが難しすぎて全然ついていけない」とこぼすようになった。数週間後には、「現地の友達に『メディアアートはローカルの生徒でも難しい』と言われた」とすっかり諦めたかのような、むしろ爽やかな顔で言った。

選択科目がどうしても向いていない場合には、学校に申し出て変更手続きができる制度があるため、長男も変更の手続きを試みたのだが、その人数が多すぎてかなわず、結局1年はこの科目を履修せざるを得ない結果となった。

彼の学校はふたつの時間割を日ごとに繰り返すシステムで、Aの時間割が月曜、Bの時間割を火曜、そしてまたAの時間割を水曜に、Bの時間割をその翌日に行う。メディアアートがある時間割の日には、気が重そうな表情で登校した。

「落第すると思うけど、仕方ないよね」とまるでお手上げのように話す彼に、「先生やクラスメイトに教えてもらったら?」と私は答えながらも、「ネイティブの子どもでも難しいのなら仕方がないかなあ」と心の中で思っていた。

それからしばらく、メディアアートについて彼から聞くことがなくなっていたのだが、ある日突然「メディアアートおもしろくなってきた」と彼が報告してくれた。どうやら、今まで聞いたことのなかった英単語が多かったことに面食らった上に、PC操作に慣れていなかったことが苦手意識の原因だったらしいのだが、授業内で使われる英単語が分かるようになってきたことや、PCそのものの使い方が分かってきたことで苦手意識を克服したようだった。

今まで、苦手なことを努力で克服する経験がなかった長男のこの変化に私は喜んだ。「嫌ならやめる」を繰り返していては、ほとんどの事は成功できない。「嫌い」の後に「面白い」が待ってることもあることを彼はようやく知ることができた。

この経験が思わぬ展開を見せる。

「僕ね、映像の編集や字幕を付けることができるようになったよ」と長男が最近になって得意げに言った。

メカに弱い私は、もう彼を尊敬のまなざしで見つめながら「す、すごいじゃん!」と答えた。

彼は照れくさそうに笑った。そして、大学に進学したいと言い始めたので驚いた。我が家は前から、「得意なことを伸ばせばいい。無理に大学に行かなくてもいい」と子ども達には言って聞かせてきたからだ。

彼は、大学で学んだあとで、メディア関係の仕事に進みたいという。

面倒くさいことは絶対にしないという生き方を14年間貫いてきた彼の、新しい変化だった。

自分に自信ができたのだろう。あえて難しいことに挑戦してみようとする姿勢も初めてだ。

これからの時代、個人が発信するメディアがマスメディアの需要を抜くことが予想される。メディアについて詳しい人材は益々必要とされるだろう。

本当に彼の現在の興味が仕事に結びつくかはわからないけれど、得意分野を増やし広げることは、いわば一つの自己投資だ。親としては、できるだけサポートをしてやりたい。

もし、科目変更の申請が通ってしまっていたら、今の彼はなかったことだろう。

これも一つの「神様の思し召し」。今後の成り行きを楽しみに見守ろうと思う。

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