香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

憧れ

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香港子育て回顧録 -これまでも、これからも

白井純子 

愛知県出身。大学では日本国文学科専攻。北京電影学院留学中に香港人である現在の夫と出逢う。長男を東京で、次男を香港で出産。

2014年夏に9年間暮らした香港から大阪に帰国。帰国後に保育士資格とチャイルドマインダーの資格を取得。

2019年夏から息子達の留学のためバンクーバーに滞在中。現在の関心ごとは「Sustainability」。

 


憧れ

その日、いつもより帰りの遅かった長男に「何があったの」と尋ねると、「僕、日本語を選択することにしたから、そのクラスについて相談してきた」と言う。ついつい「なんで日本語?あんたネイティブじゃん!」と口走ってしまった私に、「このままここで生活するなら、日本語忘れないように勉強しろって言ったの母ちゃんじゃん!」と長男は言った。「日本語って言っても、日本社会や日本政治について学習するクラスだよ」と聞き、「いいねえ!母ちゃんの得意分野じゃん。今後は情報をシェアしてあげるよ」と興奮気味に私は言った。思いがけず、私にとって理想的な方向に物事が運び、なんだかラッキーな気持ちになった。日本人として、日本の現在の姿を客観的に観察し、自分のアイデンティティを考えるよい機会を彼は得られるのではないか。以前私が発した言葉を頭のどこかに留めておいてくれ、実行してくれる長男に感心した。次の9月から始まる日本語のクラスで彼が活躍する姿が目に浮かぶ。

ここカナダでも日本のアニメは人気が高い。アニメキャラクターのグッズはもちろん、多くの漫画本も英語に訳されて販売されている。次男は日本のアニメの話をきっかけにしてできた友達が数人いるようだ。息子達は日本のアニメが好きで、詳しい方だと思う。その時々で好きなアニメにもブームがあり、ブームの最中はそのアニメに日常生活まで浸潤される勢いだ。

最近彼らの間でブームになっているアニメには、制服姿の高校生が登場する。同じ制服を着た学生達の登下校の風景、校舎の屋上で沈む夕日を背に戯れる様子を見ながら「僕は永遠にこの青春を経験できないんだ」と残念そうに長男が言った。私自身も経験した、なんでもない当たり前だった日々。それに強い憧れを抱き、やるせない悔しさを抱える息子。カナダ留学こそが私には手の届かない夢だったのに、人は常に無い物ねだりをする生き物だなあとつくづく思った。

春休み前の最終日、帰宅してすぐに「春休みに宿題があるなんて信じられん!」と憤慨している長男に「宿題ひとつで怒ってたら日本でやってけないよ、日本の子達は学校の宿題プラス塾の宿題もやってるんだよ。憧れと現実は違うものよ」と諭した。結局は長期の休みに祖父母の家で従兄弟と遊んだり、のんびりした時間を過ごしたりし、学校はカナダのシステムで学ぶという『いいとこ取り』がベストなのだろう。レイジーな長男の性格から考えても、受験のための詰め込み学習など苦痛でしかないはずだ。忍者や侍に憧れる外国人のように、手が届きそうで届かなかった日本の青春に長男は憧れているだけだと思う。

日本人の血が流れていることに誇りを持って生きていける未来が彼らを待っていてくれたらいいなと思う。世界が讃える文化を作り上げてくれた人々に感謝の気持ちがわく事は、国外に暮らしていると多々ある。長男がこれから学ぶ日本は、決してよい面ばかりではないだろう。けれど、壁にぶつかっている国が抱える問題を、広い視野を武器にして解決すべくあれやこれやと考えてくれたなら、これほど嬉しいことはない。

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